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福岡地方裁判所小倉支部 昭和37年(わ)180号 判決

被告人 清源浩照

昭一〇・一・一三生 自動車運転者

主文

被告人は無罪。

理由

(前略)

最後に、住居侵入の点について判断する。被告人の当公判廷における供述および前掲司法警察員に対する供述調書によると、被告人は、本件当日酒に酔つて帰宅したが、その妻常子からかねての通り叱責させることをおそれて逃げ隠れしたあげく、同日午後一一時三〇分ごろ本件家屋階上のA方居室に赴き、匿つてもらうよう事情を説明し、同女の了解をえた上で右居室へ立ち入つたことが明らかであるから、したがつて被告人は当初より姦淫の目的をもつて右居室に立ち入つたものではない。さらに、右居室から帰ろうとして同女にキツスをしたところ、同女が簡単にこれに応じたので、ここにおいて同女と肉体関係をしようとの意思を生じ、同女を説得した上、関係を結んでいるのであるから、その際、同女は被告人が引き続いて右居室に留ることを承諾していたものと解するのが相当である。すると、被告人はAの意思に反してその居室に侵入したことにはならない。

ところで、住居の立ち入りについて承諾をなしうる者は住居権者の夫であり、妻は夫の推定的承諾の範囲内においてのみ代つて承諾を与えることができるとの前提のもとに、夫の不在中、その妻と肉体関係を結ぶためその住居に侵入した場合、妻の承諾をえていたとしても、夫の承諾をえていないのであるから、住居侵入罪が成立するとするのが従来の判例の態度である。

しかしながら、住居侵入罪の保護法益は、「住居権」という法的な権利ではなく、事実上の住居の平隠であるから、夫の不在中妻の承諾をえてその居室に立ち入つた以上、住居の平隠を害したとはいわれないので、住居侵入罪は成立しない、と解するのが相当である。

したがつて、夫である広津忠昭が夜勤のため留守中のところにその妻Aの承諾をえてその居室に立ち入り、了解の上、同女と肉体関係をなした被告人の所為は、住居侵入罪を構成しない、と解すべきである。

以上の理由により、結局本件公訴事実中強姦致傷の点は証明がないことに帰し住居侵入の点は罪とならないので、刑事訴訟法第三三六条前段後段により被告人に対しては無罪の言渡をする。

(裁判官 田畑常彦 富山修 吉田正文)

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